奈良県 西の京斑鳩自転車道サイクリング (2/2)
ルート;
大阪府八尾市内→柏原市→王子→法隆寺→郡山→西の京(奈良西の京斑鳩自転車道)
(往復約7時間半。休憩30分含む。)
訪れた社寺仏閣;
①藤ノ木古墳②斑鳩神社③法輪寺④素戔嗚神社⑤不動院
⑥西岳禅院⑦吉田神社⑧郡山八幡神社⑨柳澤神社⑩郡山城址
⑪植規八幡宮⑫孫太郎稲荷神社⑬薬師寺⑭唐招提寺
⑮四波天神社⑯養天満神社⑰葛上神社⑱八幡神社⑲霊山寺
⑳竜田神社
(尚、⑬薬師寺、⑭唐招提寺、⑲霊山寺については、途中、体力消耗し
中に入らず写真を外から撮っただけです。)
備考;自転車は自分の変速機なしのママチャリです。
八尾市内→柏原市市内→王子→法隆寺までは国道25線です。(1時間半くらい)
【西波天神社】です。
【柳観音堂】奈良県奈良市六条1丁目35−10の横にあります。
【西波天神社】です。奈良県奈良市六条1丁目35−10
境内は暗く、昼でも灯篭のライトがついてました。
【西波天神社】の鳥居の位置から薬師寺三重塔が見えます。
【養天満神社】奈良県奈良市西ノ京町
西ノ京駅から尼ヶ辻駅の途中にあります。分かりにくいです。
境内の説明板には、神社の森が市の指定文化財。天然記念物のツブラジイが鹿の被害を受けずに残っているのが貴重との事。
【養天満神社】奈良県奈良市西ノ京町
上から枯枝が常に落ちてきますので注意です。
【唐招提寺】奈良県奈良市五条町13−46
このあたりで体力消耗してきてここは入らずパスしました。
????
このあたりで道が分からなくなりました。おそらく尼辻駅から近いところだと思いますが。。ここは宮内庁と書いてある案内板がありましたので、何かの御陵だと思います。
【葛上神社】奈良県奈良市中町3840
戻るために、もと来た道、サイクリング道路を探しているときに見つけた神社です。
【霊山寺】奈良県奈良市中町3879
体力消耗してるの中に入らずパスです。写真だけ撮りました。
【外川八幡神社】(とがわはちまんじんじゃ)は、富雄川の右岸堤防沿いの道からすぐの所に鎮座しています。御祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)です。由緒等は不明です。境内は綺麗に清掃されています。
ご参考までに。。
👇 今回の社寺仏閣巡りを、じゃらん旅行記へ投稿した内容です。
(感 想)
午前中9時半に大阪府八尾市内を自転車で出発し、この龍田神社で午後3時半です。
もう疲れすぎてこの神社で少し休憩しました。八尾市内から王子までは25号線を
使いましたので楽ですが、歩道がないところ多く自動車の交通量も多く危険です。王子から法隆寺までは電車では1駅ですが、これが意外に遠いです。坂が多くここが一番疲れました。法隆寺まで着くと、平城京までサイクリング道(奈良斑鳩西ノ京自転車道)がありますが、完璧なものではなく、道が途中で切れていたり、非常に細かったり、ところどころに案内板をよく確認しないと間違うと思います。道は緑色のペイントしてあり、分かりやすくしていますが全部ではないです。案内板だけでは無理だと思います。初めての場合はちゃんとした地図かガイドブックは必要です。郡山市は以外と広く、近鉄側とJR側があり雰囲気が違います。近鉄に近い方に郡山城跡があります。今回は八尾市から自転車で往復なので途中で体力消耗し、当初目標だった平城宮跡まで行く事ができませんでした。やはり奈良でレンタサイクルを利用したほうがいいかもしれません。
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奈良県 西の京斑鳩自転車道サイクリング (1/2)
ルート;
大阪府八尾市内→柏原市→王子→法隆寺→郡山→西の京(奈良西の京斑鳩自転車道)
(往復約7時間半。休憩30分含む。)
訪れた社寺仏閣;
①藤ノ木古墳②斑鳩神社③法輪寺④素戔嗚神社?⑤不動院
⑥西岳禅院⑦吉田神社⑧郡山八幡神社⑨柳澤神社⑩郡山城址
⑪植規八幡宮⑫孫太郎稲荷神社⑬薬師寺⑭唐招提寺
⑮四波天神社⑯養天満神社⑰葛上神社⑱八幡神社⑲霊山寺
⑳竜田神社
(尚、⑬薬師寺、⑭唐招提寺、⑲霊山寺については、途中、体力消耗し
中に入らず写真を外から撮っただけです。)
備考;自転車は自分の変速機なしのママチャリです。
八尾市内→柏原市市内→王子→法隆寺までは国道25線です。(1時間半くらい)
この古墳に来るまで案内の看板を見てきましたが、思っていたより小さく公園のような場所にあるので気が付きませんでした。特に何か見るものはなく、写真だけ撮りました。
この法隆寺の横の道を斜め右に進んでいくと、法輪寺、法起寺があります。
法隆寺は先週に訪問したので今回はパスしました。
「奈良西の京斑鳩自転車道」は平城宮跡まで続いています。最初はそこまで行く気合がありました。このような看板は所々にありますが、曲がるところなど肝心なポイントが分かり難いです。
「法輪寺」です。
法輪寺の「三重塔」です。
おそらく、「素戔嗚神社」です。サイクリングの案内板には書いてません。また、この神社の由緒等についての案内板もこの神社にはありません。
天気が良い日でも薄暗い感じがします。
「法起寺」です。
以前に訪問しているので、この門の位置から写真だけ撮りました。
民家の庭に鎮座する感じなので入るのに少し気になります。
【西岳禅院】と【𠮷田神社】です。奈良県大和郡山市満願寺町。サイクリング道の案内板には書いてないです。鳥居を通って、左へ行くと【西岳禅院】、右は【古田神社】。
【西岳禅院】です。【𠮷田神社】の隣にあります。
【西岳禅院】の「十一面千手観音」です。隙間からiPodtouch6で撮りました。
【郡山八幡宮】奈良県大和郡山市柳4丁目25
法隆寺からこの郡山までのサイクリング道は途中、道が切れていたり細くなったり最初は間違うと思います。
野球のグローブ関係の神社?
【柳澤神社】奈良県大和郡山市城内町2−18
大和郡山城跡と同じ場所にあります。郡山高校の正門の前です。
【植槻八幡神社】奈良県大和郡山市植槻町5
斜めに鎮座しているお地蔵さん。なんかいい感じです。
【植槻八幡神社】奈良県大和郡山市植槻町5
門構えはお寺の感じがします。
【薬師寺休ヶ岡八幡宮】奈良市西ノ京町457
まっすく、踏切を渡ります。
【薬師寺休ヶ岡八幡宮】奈良市西ノ京町457
左が近鉄西の京駅、右が九条駅方面。
寛平年間(889~898)に大分県宇佐から現在地に勧請[かんじょう]されました。現在の社殿は慶長8年(1603)の建物です。社殿は全体に西面し、本殿・脇殿とも小高い石積みの壇上に建っています。社殿の西、前庭の西側にある座小屋は修復が多いものの、社殿とほぼ同じ時期の建物で、中世に始まった宮座が受け継がれている貴重な歴史文化遺産とされています。
【孫太郎稲荷神社】の位置から撮った「薬師寺」です。今回は中に入りませんでした。
【柳観音堂】奈良県奈良市六条1丁目35−10
「木造十一面観音」は見ることができませんでした。
【柳観音堂】にある「子安地蔵尊」です。
奈良県奈良市六条1丁目35−10
【柳観音堂】奈良県奈良市六条1丁目35−10
「木造十一面観音」は見ることができませんでした。
この【柳観音堂】あたりで体力消耗し、大阪の八尾市まで帰るのが心配になり自転車をどこかへ預けて電車で帰ろうかと思い始めました ( ノ*´Д`)ノ
ご参考までに。。。
👇 今回の社寺仏閣巡りを、「じゃらん旅行記」へ投稿した内容です。
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【御幸森天神宮】(みゆきのもりてんじんぐう)大阪市生野区
仁徳天皇、少彦名命、忍坂彦命を祀る、猪飼野村の氏神である。御幸森天神宮のある地域は古くから猪飼野(いかいの)と呼ばれ、猪甘津(いかいのつ)と呼ばれる古代の港があったことに由来する。猪甘津は日本書紀仁徳天皇十四年の条に記され、猪甘部(いかいべ)と呼ばれる官職を務める者が住んでいた。猪甘部は朝廷への貢物として豚を飼育する役を司っていた。また付近は百済野と呼ばれ百済からの渡来人が多く住んでいた。水鳥が集まる景勝地であったとも伝えられている。
この神社から歩いて約5分で【弥栄神社】(やえじんじゃ)があります。
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【弓削神社】(ゆげじんじゃ)大阪府八尾市弓削町
八尾市付近に勢力を保持していた物部氏の一族である弓削氏の氏神。八尾の弓削神社は、JR志紀駅・長瀬川を挟んで2箇所あり、東側の東弓削一丁目にある弓削神社と西側の弓削町一丁目にある弓削神社の二社一対で二座にあてている。両社とも式内大社である。
なお、鎮座地は弓削が旧河内国志紀郡、東弓削が旧河内国若江郡にあたり、延喜式神名帳には若江郡の式内社と記載されている。
所在地 :大阪府八尾市弓削町1-36(弓削)
アクセス:JR大和路線 志紀駅下車。駅前の国道25号を越えてすぐ。
👇こちらは八尾市東弓削にある【東弓削神社】(ひがしゆげじんじゃ)です。
👇こちらは八尾市八尾木北にある【由義神社】(ゆぎじんじゃ)です。
【産湯稲荷神社】( うぶゆいなりじんじゃ) 大阪市天王寺区
【産湯稲荷神社】( うぶゆいなりじんじゃ) は大阪市天王寺区小橋町に鎮座しています。創建年代は不明です。東成区の比売許曽神社の旧社地といわれる場所に鎮座し、境外摂社・御旅所です。御祭神は、宇賀魂命・下照比賣命・大小橋命。公園の一角に整備された神社です。境内の一段低い場所に玉之井と呼ばれる井戸があり、大小橋命の産湯に使われたという伝承から、社名の由来ともなっています。鳥居をくぐった場所に「桃山跡」の石碑があります。
この産湯稲荷神社のあたりの丘陵は桃山と呼ばれ、明治の頃まで広大な桃の林があり、大正八年(1919)に埋め立てられた味原池とともに景勝の地として知られていました。
こちらが「大小橋命」(おおおばせのみこと)誕生のとき、産湯に
用いられたという井戸です。今は湧水していないらしいのですが、立派な井戸屋形が残っています。
井戸の中の左側が「抜け穴」だと、NHK歴史ヒストリアで同神社の宮司さんが語っておられました。
井戸の後ろにはお不動様も祀られています。
鳥居をくぐってすぐ右手のお地蔵様です。
お地蔵様をよく見ると。。。。
*** 桜の季節4月頃の【産湯稲荷神社】( うぶゆいなりじんじゃ) ***
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【住吉神社】(すみよしじんじゃ)大東市
大東市の浜町に【住吉神社】(すみよしじんじゃ)が鎮座しています。住道駅北口の川に向かい寝屋川と恩智川合流地点の内側にあり、見つけにくい場所にあります。大東市教育委員会の案内板に由来が次のように書かれています。
住吉神社 ~「住道」地名の由来~
舟運送が盛んであった頃、寝屋川と恩智川が合流するこの地は、角堂浜と呼ばれ、 大阪と北河内大和の荷物が一手に集まり、野崎まいりや生駒宝山寺への社寺参詣にも舟が利用されたので、 大いに賑わっていた。
舟運には、長さ十一間三尺(約二十一メートル)、幅一間一尺二寸(約二・二メートル)、深さ一尺四寸(約0・四メートル)の 剣先船が使用され、運航する区域により、それぞれ古剣先船・新剣先船・在郷剣先船と呼んでいた。
「住吉さん」と親しく呼ばれている当社は、昭和初期には寝屋川岸につき出して建てられていた。 船運送が盛んであった頃、荷物の集散地として寝屋川筋には観音井路浜、津之辺浜、恩智川筋には中垣内浜、 寺川浜などがあった。それらをさらにまとめたのかこの地角堂浜(すみのどうはま)であった。
住吉さんと親しく呼ばれている当社は、このような舟運との関係で、 航海守護の神である住吉大社から勧請されたものであろう。 祭日は本社と同じ七月三十一日、八月一日で、夏の夕涼みを兼ねた縁日は大変な賑わいであった。
寝屋川岸に建てられていた当社であるが、昭和四十七年の 水害後、川岸の様子はすっかり変わってしまい、社殿も三方を コンクリートの壁で囲む現在のような形となった。
今はひっそりと建つ住吉神社であるが、社殿のあるこの地、角堂浜が「すみのどう」地名の由来地であり、 現在の住道の繁栄は、ここから始まったといえよう。
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