kazu1000のブログ

kazu1000のブログ / 社寺仏閣巡り 社寺仏閣巡りが好きです。特に神社が好きで関西を中心に廻っています。Instagram:https://www.instagram.com/kazuyoshi1000

【豊国神社】(とよくにじんじゃ)大阪府門真市

【豊国神社】(とよくにじんじゃ)大阪府門真市

 

敷地面積の大きな古川橋変電所のすぐ近くにありますので企業内神社かと思いましたが詳細は不明です。柵を開けて中に入ると案内板などがあるのかもしれませんが、施錠されていました。由緒も不明です。もしかするとこの神社の読み方は「ほうこくじんじゃ」かもしれません。綺麗に整備されています。

 

 

場所:大阪府門真市古川町12

 

 

(撮影 : 2018/4/21)



【堤神神社】(つつみねじんじゃ)御旅所 大阪府門真市

【堤神神社】(つつみねじんじゃ)御旅所 大阪府門真市

 

祭神:堤根神社に坐す彦八井耳命始め十三座の大神を遙拝する。
由緒:堤根神社は日本最古の築堤である茨田堤の守護神として建立されたと伝わる古社で旧大和田村五か村(常称寺、野口、横地、打越、北島)の氏神として栄えて参りました。当北島町は南端の氏地として参拝不便のため明治初期に本社御造営の際に旧社殿を遙拝所として移築したと伝わります。現在は御旅所と通称し、厚い信仰を受けています。現在殿は平成二十二年に氏子各位の御幸賛により御造営致しました。

 

 

 

住所:大阪府門真市宮野町8-34

 

(撮影 : 2018/4/21)

 

 

 

【堤根神社】(つつみねじんじゃ)大阪府門真市 稗島の堤根神社

堤根神社】(つつみねじんじゃ)大阪府門真市

 

門真市内には堤根神社が2社あります。
祭神は天照皇大神素盞嗚神大己貴神大国主)。創建の年代は不詳であるが、文禄3年(1594年)の検地帳に稗島・桑才2村の氏神として「山王宮」と記されている。「山王」の社名は大己貴神を祀ることによるものとみられる。享保10年(1725年)の検地帳では「八剣大明神」となっており、これは素盞嗚神を祀ることによるものとみられる。元文3年(1738年)の文書ではこれに天照大神を加えた3座を祀ると記されている。明治12年の「北河内郡神社財産登録」では社名が「両村神社」となっており、祭神は天照大神1座となっている。社名は2村の氏神であることによるものである。

 

明治41年、式内・堤根神社の後裔であるとして「堤根神社」に改称した。式内社であることを示す資料はなく、式内社を名乗ることで、当時盛んに行われていた神社合祀を免れようとしたものとみられるが、同年8月に郷社・三島神社(現 門真市大字三ツ島1374)に合祀された。昭和21年に三島神社から独立して旧地に復興された。

 

 

所在地 :大阪府門真市大字稗島422

 

 

(撮影 : 2018/4/21)

【大弁才天 妙徳寺】(みょうとくじ)大阪市東成区

【大弁才天 妙徳寺】(みょうとくじ)大阪市東成区

 

鳥居の横にある案内板には、次のように書かれてあります。「当院では八臂大弁才天女尊、豊多地蔵尊稲荷大明神を御奉祀している。八臂大弁才天女尊は神道系の宗像神(海ノ神)稲荷大明神宇賀神と混稀習合せられ偉大な大威神力のある福神とし抜苦与楽の神として尊崇されている。殊に当院の弁天さまは護摩供祈願に依る霊験があらたかなので深江の護摩弁天と親しまれて人々の篤い信仰を受けて故に当院では毎朝祈願の護摩供が厳修されている。開祖 智妙尊師は弁天さまの御霊意を感得されて日夜人々の救済の為に鋭意尽き力されていました大弁才天女尊を尊崇信仰し佛道の成就を図り今日に至っている。」

 

住所:大阪府大阪市東成区深江北2-12-18
アクセス:大阪市営地下鉄中央線 深江橋駅から0.5km

 

(撮影:2018/4/10)

 

真言宗【大日寺】(だいにちじ)大阪市城東区

真言宗大日寺】(だいにちじ)大阪市城東区

 

お寺の入り口には正面に隣接する「八剣神社」の鳥居が見えます。弘仁年間(810年~824年)に弘法大師が創建されたと伝えられています。ご本尊の大日如来は、「摂陽群談」第12巻にも弘法大師手造りの像と記載されています。本堂には大日如来のほか、如意輪観音(にょいりんかんのん)、不動明王(ふどうみょうおう)や釈迦如来(しゃかにょらい)、阿弥陀如来(あみだにょらい)などの優れた仏像が安置されています。本堂前には、小ぶりながらもその形から鎌倉時代のものではないかといわれる相当古い宝篋印搭(ほうきょういんとう)があります。宝篋印搭とは、経文を納める塔のことで、中国の北宋時代初期に造られるようになりました。我が国では平安時代末から、主に石造りで供養塔、墓碑塔として建てられました。

 

場所:城東区鴫野東3丁目31番17号
アクセス:JR学研都市線で鴫野下車、城東小学校裏、八剣神社の隣り。

 

(撮影:2018/4/10)


【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区 (2/2)

劔神社(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区

 

 

 応永3年(1396年)の創祀と伝えられ、八劔大明神・武速須佐雄大神(たけはやすさのおのおおかみ)・罔象女大神(みづはのめのおおかみ)を祭神としています。
 宝暦年間に京都下鴨の神主が記録した社記によれば、応永のはじめのある夜、鴫野村住民の夢の中に一人の老翁が現れ、「吾は熱田の神なり、跡を此の地に垂れんと欲す。明日汝等出て来て吾を淀川の辺に迎えよ」とのお告げがあったので、翌日、村民十数人を呼んで河辺に来ると小蛇が陸に上がって行ったそうです。その姿は大変悠々としていて、一同がこれに従って行くと、小蛇は川を越えて当地に入り、その留まったところに小さな祠を建てて祀ったとされています。

 

住所:城東区鴫野東3丁目31番8号

 

 

 

(撮影:2018/4/10)

 

 


 

【八劔神社】(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区 (1/2)

劔神社(やつるぎじんじゃ)大阪市城東区

 

 応永3年(1396年)の創祀と伝えられ、八劔大明神・武速須佐雄大神(たけはやすさのおのおおかみ)・罔象女大神(みづはのめのおおかみ)を祭神としています。
 宝暦年間に京都下鴨の神主が記録した社記によれば、応永のはじめのある夜、鴫野村住民の夢の中に一人の老翁が現れ、「吾は熱田の神なり、跡を此の地に垂れんと欲す。明日汝等出て来て吾を淀川の辺に迎えよ」とのお告げがあったので、翌日、村民十数人を呼んで河辺に来ると小蛇が陸に上がって行ったそうです。その姿は大変悠々としていて、一同がこれに従って行くと、小蛇は川を越えて当地に入り、その留まったところに小さな祠を建てて祀ったとされています。

 

住所:城東区鴫野東3丁目31番8号

 

(撮影:2018/4/10)